「アンネの日記」保管者 ミープ・ヒースさん死去
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2010/01/13 |
オランダのアムステルダム市内に家族とともに潜伏していたユダヤ人少女アンネ・フランクさんの日記を発見、保管していたミープ・ヒースさんが死去したことが、11日分かった。100歳だった。2010年1月12日11時45分配信 CNN.co.jp
◇オットー・フランクは、娘2人が収容所で死亡したことを確認したとき、隠れ家協力者4人のうちの1人であるミープ・ヒースさんから「アンネからあなたへの遺産ですよ」という言葉とともに「アンネの日記」と「家族の写真アルバム」を手渡された。
◇父オットー・フランクとその家族を支援したミーピ・ヒースさんたちのそのときの痛みをどれほど私たちは共有できるのだろうか。
◇オランダのアムステルダムで公開されているアンネ・フランク・ハウスには、毎日のように世界から人々が訪れる。しかし、そこを去る時、二度とこのような惨劇を引き起こしてはならないと認識はできるが、アンネたちの深い痛みを共有できたかどうか不安になる。
◇この不安がある限り、私たちはその原因を追究する手を緩めてはならないだろう。1944年4月9日のアンネの日記にはこう刻まれている。
このいまわしい戦争もいつかは終わるでしょう。いつかはきっとわたしたちがただのユダヤ人ではなく、一個の人間となれる日がくるはずです。
◇このアンネの願いは、今なお成就していない。OECDにチリが加盟したという。OECDの見解にこうある。
長年にわたる、不均衡な世界的成長と金融セクター及び規制・監督における主要な失敗が、今次危機の根本的な原因である。市場原理に基づく開かれた世界経済の利益を保持するため、我々は、規制をより効果的なものにし、将来の金融危機防止に資する改革を実施する決意を表明する。
◇アンネの生まれた1929年は世界大恐慌が世界をどん底におとしいれ、ナチの暴走を生み出した。民主主義の浸透と市場経済のバランスを確保することの本当の意義を伝える「アンネの日記」を、わたしたちの遺産としてミープ・ヒースさんから受け取ったと理解したい。
| この記事のコラムニスト:本間 勇人| この記事のURL| コメント(0) |
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