女子校と男子校の本質 Part 1|学校のおすすめ

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女子校と男子校の本質 Part 1

女子校と男子校の本質 Part 1

女子校と男子校の本質 Part 1

私立中高一貫校において共学校が増える今日、東京都と神奈川県には、女子校と男子校がたくさんあります。経済重視社会にあって、共学校の流れの風潮が当たり前のようですが、世界同時不況の今だからこそ、経済中心社会とは別次元のスタンドポイントにあるシングルスクールの本質は、これからのヒントになるでしょう。八雲学園の横山先生と聖学院の平方先生にお話を聞きました。

*写真は八雲学園中学部長 横山孝治先生

 1998年・99年は経済の空白の影響を私立学校も受けざるを得ませんでした。特に女子校は男子校に比べ、学校数も多いし、桜蔭を除いて東大にたくさん合格者をだすところもなかったですから、生徒募集は相当な打撃をうけました。
 しかしその中で、教育の質を高め、魅力を表現できた女子校と女子校から共学校に転換した学校は、見事にサバイバルしました。八雲学園の横山孝治先生はその先駆け的存在として、私学の先生方に広報活動の奥義を伝えてきました。
 一方女子校から共学校になった渋谷教育学園渋谷が、2005年以降、東大をはじめとする大学合格実績において著しい結果をだすようになると、渋々をモデルにする共学校が多くなった。今春その流れがいよいよ大きくなり、ほとんどの男子校が生徒募集において大きな影響を受けました。
 男子校は、かつて女子校がそうだったように、連携協働して、その伝統と未来性の意義について、自らとらえ直し変革の道を求めなければならない時代がやってきました。その男子校の生徒獲得活動のリーダー的存在が聖学院の平方邦行先生です。


Part 1 女子と男子の成長の違い


本間
 まず基本的なことからお聞ききします。6年間の成長の様子というのは、女子と男子でどう違うのでしょうか。
 

横山先生 よく言われるのは、女子の方が精神年齢が高く、男子より速いスピードで大人になっていくということですね。
 




平方先生
 だから共学校の場合、男子は女子に押されっぱなしになりやすい。ただでさえ、成長の速度が違うのに、男子の方は、その違いを出せないまま6年間過ごしてしまう場合がある。これが問題かどうかは科学的には結論はでていないけれど、無視できない重要な点でしょう。
 

横山先生 私自身私立男子中高一貫校でのびのび学園生活を送っていましたから、八雲学園の女子生徒とともにいて、共学校で学んでいたら、それができたかどうかと時々思います。本校の場合は、中1・2年でいろいろな人間関係の葛藤が起こります。チューター制のシステムがありますから、よく生徒の話に耳を傾けるのですが、男子では気づかないような繊細な友だち同士の気持ちが話題になります。
これは男子生徒の感覚にはないし、逆に、もしうちの学校が共学校だったとすると、ここまでの繊細な気持ちが露わになるかなとも思います。男子の視線を気にして引っ込めるということがあるのではないかと。
 しかし、ともかくそういう繊細な葛藤が、高校になるとなくなるのです。友だちどうし互いの性格を心から尊重するようになります。自分の考えや感情を押しつけなくなるのです。みんなちがって、それがいい。互いにサポートし合うようになるのですね。
 

平方先生 聖学院の生徒は、葛藤がなくなるということはないですね。ただ、中1・2年の時の葛藤というのは実に単純なトラブルなのです。なんか気に入らないというエネルギーのほとばしりというか。それが中3から高校生になると、深く悩むようになる。葛藤が友人同士よりも自己の内面の葛藤に変質します。外から見ていて、なんでそんなに悩むのか、合理的に考えられないわけではないのに、それでも悩んでしまう。他人が敷いたレールやルールを飲み込めないのですね。その悩んでいる姿を励まし合うことはしますが、悩みを解決するのはあくまで自分しかいない。もし共学校だと、この悩んでいる姿を女子には見せられないでしょう。かっこ悪いですからね。
 

本間 そうすると、共学校というのは、男子と女子の成長の違いを中和してしまうというか、隠れてしまう習慣というかそういう文化があるということでしょうか。戦後教育はアメリカの戦後政策の影響を受けていますが、男子のエネルギーや女子のフォロワーシップを中和してしまう目的があったのかもしれませんね。
 

平方先生 骨抜きということですか?それは飛躍しすぎだし、当時の桜美林のように社会構成上の問題を真剣に考えて共学校の道を選んでいるところもあります。ただ、生徒募集優先の共学校化だとしたら、その可能性はあるかもしれませんね。

 



横山先生
 八雲学園はアメリカの教育の影響を建学者以来受けていますが、1人ひとりの性格や才能を引き出すという意味では、学ぶべきところがたくさんありますね。男子校であれ、女子校であれ、共学校であれ、そこを徹底的に大事にできれば、それはまた3つのタイプの特徴が際立ってきますよ。ただ、そこを徹底しないと、自然調和的に男子と女子の違いが相殺されてしまう危うさはあるかもしれません。女子校だって放っておくと良妻賢母という文化だけが浸透してしまう場合もあるでしょう。
 

平方先生 男子校も、男子校だからそれでよいというわけではもちろんない。戦前の独裁国家を支えるような人材を輩出してきたということもある。しかし、それは男子校であれ、女子校であれ、共学校であれ、何を目標にするかという問題であって、シングルスクールか、共学校かという問題ではない。
 

本間 あくまでも男子と女子の成長の違いを認め、その成長の深さや広さをたっぷり体験できる時間をとれる思春期の教育システムとしてのシングルスクールの方が、生徒1人ひとりの才能や使命が、生徒自身から生まれやすいということでしょうか。
 

平方先生 そうです。ただ、教育理念という目標が歴史的に普遍的なものでなく、独善的なものだったりすると、すぐれたシステムがゆえに、その間違った目標に向かってまい進してしまう。だから教育理念の正当性や信頼性がとても大事です。
 

横山先生 それに共学校も、そこを意識してきちんとシングルスクールのようなシステムを組み込めばよいわけですが、生徒募集のために共学化したりすると、ちょっと心配です。
 

本間 男女共同参画社会だから共学校という考え方も聞きますが、これはどうでしょう。
 

平方先生 その因果関係はおそらく科学的ではないのではないでしょうか。
 




横山先生
 男女共同参画社会だからこそ、思春期というか青春期時代はシングルスクールでという考え方もあるということですよ。


本間
 あっ、たしかに青春期は中高一貫時代ですね。ところで、思春期は小学校高学年にシフトしているとも言われていますが、何か影響はありますか。


平方先生
それはあると思います。小学校時代は共学校のケースが圧倒的に多い。共学校からきた男子は、小学生時代に無意識のうちに精神年齢のはやい女子生徒にリーダーシップをとられている場合が多いのです。友だちをあだ名でよんだら、注意されたり、友だちのえんぴつを断りもなく使おうものなら、これまただめだと注意されたり。そういう小さな日常の積み重ねから、私立男子校に入学すると、解放されます。だからつまらないトラブルが頻繁に起こるような気もします。


横山先生
そうそれはあるかもしれない。だからそういう環境の小学校から女子校に入学してくると、男子校とは違い小さなリーダーがいっぱいいるから、中学1・2年で自己主張のぶつかり合いがある。共学校の場合だと、男子がいるから中学になっても、女子は男子に注意をむけていればよいので、それほどすさまじくない。


本間
  しかし、結果的には、男子にしても女子にしてもトラブルのきっかけは違いますが、どうも大志を抱いてのぶつかり合いでも、大きな使命を感じての葛藤でもなく、そのことに気づくまで、惜しげもなくその小さなぶつかり合いを続けられるのですね。そして、ある時、その無意味さに思い切り気づく。と同時にそれが良き思い出になる。


横山先生
 そうです。ただ、行き過ぎは困りますから、そうならにように教師のまなざしは優しくも厳しくもあるわけです。
 





平方先生
 農村体験とか部活とかはだから大切ですよ。よくいわれることだけれど、男子だけであらゆることをしなくてはならない。普通だったら女子がやってくれるようなことも男子だけで乗り切らねばならない。何か飛び越えねばならないハードルがあると、みんなで話し合いながら協力して飛び越える。for othersは口で言ってもピンとこない。体験がfor othersに結び付くように吸収するには、とことん遠慮せずにできる時間が必要なのです。


横山先生
 その点は全く同じですね。女子だけでやり切るというのが大事な経験です。その中で互いに違う価値観に共鳴し、認め合うことができるようになる。


本間
 その互いに違う価値観を認め合うことができるということは、一般にもよく言われますが。


平方先生
 そう思うでしょう。たしかに世間では一般にそういうフレーズがいっぱいあるけれど、男子校ではちょっと違う。認め合うけれど、どこまでわかってもらえるかは、男子はそう楽観的ではない。もしかしたらわかり合えないかもしれないという苦悩もある。


横山先生
 女子の場合は、逆にわりきったり合理的に考える傾向が強い。わかり合うことが目的になったりする場合もある。ともすれば世の中にある職業のカタログから進路をきめてしまいがち。もう少し自分らしさと憧れているものの違いに気づいてほしい場合がある。この微妙な違いを生徒と教師がシェアした時の生徒のやる気と集中力は想像以上のエネルギー。最初は女子だから文学部に進もうと思っていたのが、何に興味があるとか社会の様々な問題について話し合っているうちに、漠然と文学部ではなく、心理学に進まねばという確固たる意志が芽生えたりするときがあるのです。


本間
 女性だから男性だからという社会が押しつけている固定概念を気にせず、とことん自分の求めとているものを進んでいける。ある意味求道ですね。ただ、男子の場合は、そこを孤独に悩む。女子の場合、そこはやはり話し合ってわかり合うという決定的な違いがありますね。次は、その違いに応じた男子教育と女子教育について具体的にお聞きしたいと思います。


文☆本間 勇人  取材日:2009年5月26取材 場所:八雲学園 応接室

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